山田オリーブ園 山田典章さん

無理だといわれた有機オリーブ
それでも淡々と、開拓者は挑む

山田オリーブ園
山田典章さんの物語り

物語りを読む

山田オリーブ園 山田典章さんの物語り

新風 からり
島に吹き

「山田オリーブ園」の物語り

穏やかな瀬戸の内海(うちうみ)に浮かぶ、小豆島。

海は凪(な)ぎ、からり、やさしく陽は照って、
その中で、健やかに枝葉を伸ばす、樹々がある。

緑の樹影(こかげ)、オリーブたち。

この地中海ゆかりの、古い歴史を持つ果樹は、
日本の瀬戸内の海に、自分たちの“ふるさと”を見て―、

そうして、今からおよそ100年前、
小豆島の地に、力強く、その根を下ろした。

先人たちは、100年もの間、島と語り、オリーブと生き、

そうして、今また、この樹の、次の100年の、
新しい扉を開く、緑の新風が、颯(さつ)と吹き―、

自然のままに、生(き)のままに、

「山田オリーブ園」の物語り。

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慈しみの一念

小豆島オリーブの100年

オリーブと小豆島の出逢いは、
日露戦争後の、1908(明治41)年にまで遡(さかのぼ)る。

ロシアに勝利し、漁業権を拡大させた日本は、
遠洋漁業に必要な、魚介の保存油を、切に求めていた。

実より良質な油が採れるオリーブの栽培は、
当時の日本にとって、「国策」とも言うべきものだった。

その中で、明治政府によって、小豆島に連れてこられた、
外国生まれの、ちいさなオリーブの苗木たち。

栽培に関する、技術や知識を持たない先人たちは、
ただただ、慈しみの一念で、育て上げ―、

そうして、1910(明治43)年に、初めて実を結び、
以来、小豆島は、日本におけるオリーブ栽培の楽園として、
100年間、その恵みの果実を、産し続けている。

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小豆島は、ちかく

思い出と縁に導かれ

その小豆島オリーブ100年の歴史に、
新しい風を吹き入れる、ひとりのオリーブ農家がいる。

「山田オリーブ園」園主・山田典章(のりあき)さん。

山田さんと、この瀬戸内の島との縁(えにし)は、
岡山で農業を学んでいた、大学時代より始まった。

大学の夏休みに、小豆島の近くに浮かぶ直島で、
体験キャンプのアルバイトをした経験が、
瀬戸内の島の魅力に触れた、さいしょ。

大学卒業後、20年間、東京の地で勤めてきたが、
ときどき、島の思い出が、ふわり、心をつついた。

奥さんが小豆島出身という奇縁も、背中を押し、
自然と、小豆島が身近なものになっていた。

そうして2010年、小豆島への移住を、決めた。

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調査、推論
そして実践

ゾウムシくんの好き 嫌い

山田さんは、小豆島の地で、農業をやろうと思った。

どうせやるなら、有機をやろうと、決めた。

しかし、当時、オリーブの有機栽培など、
到底、不可能だというのが、島での定説だった。

それは、樹を齧る困り者・ゾウムシがいるから―。

しかし、山田さんは、淡々と、考える。
じゃあ、そのゾウムシを、何とかすればいいわけだ。

山田さんは、文献を調べ、島中のゾウムシを採集し、
ゾウムシの「好き、嫌い」を、洗い出した。

農薬を使って、ゾウムシを追い出すのではなく、
元々、彼らの好まない環境の畑を作ればいい。

あとは、地道に、剪定、草取り、そして、見回り―。
やるべきを淡々とこなし、無農薬でもゾウムシは半減。

こうして、国内初の有機JAS認定オリーブ農園が、誕生した。

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常識は変わっていい

販路の開拓も、柔軟に

これまで、小豆島では、オリーブは、
塩漬けなどに加工して出荷するのが、常識だった。

山田さんも、最初はそれに倣(なら)っていた。

しかし、東京のレストランの、本場仕込みのシェフに、
思いもよらない、ひと言をもらった。

―余計なことはしてくれるな。

そう、本場のシェフから言わせれば、
料理に合わせて、生の実から加工するのは、
他の誰でもない、シェフ自身の仕事だということ。

「山田オリーブ園」の出荷先は、大半が首都圏で、
そこには、生の実を求める、個人のお客さんまでいる。

そんなお客さんは、加工作業それ自体を、楽しむ。

山田さんは、その都会のニーズを敏感に掴み、
新たな販路を築いて―、そう、常識は変わっていい。

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たんたんと、自然体

オリーブのあしたを描く

山田さんには、妙な気負いというものが、ない。

「移住」という、人生の大きな選択に際しても、
自然の流れ、まにまに、肩肘張らず、
いつの間にか、からりと、島に馴染んでいる。

これは、小豆島が本質的に持つ、
自由さ、鷹揚(おうよう)さも、手伝っているのかもしれない。

その島の闊達(かったつ)な雰囲気の中で、
毎日、オリーブの樹々と向き合っていると、
いつしか、その一本一本に、瑞々(みずみず)しい個性を見て―。

自分よりも長く、そう、千年すらも生き抜く、
オリーブの樹に、眩しい「いのち」を感じながら、
山田さんは、淡々と、しかし、慈しみ深く、
次の百年を描く、小豆島のオリーブを、育てていく。

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  • Text : 浅見 直希
  • Photograph : Nipponia Nippon
Profile山田典章さん

1967年生まれ。佐賀県出身、岡山大学農学部を卒業後、ベネッセコーポレーションに入社。
会社員時代の約20年間、東京にて、保育園事業などの6つの新規事業の開発に携わる。その後、2009年2月に小豆島に移住し、学生のときに志した農業の仕事を始める。
小豆島の内海地区に7つの自家農園を持ち、2011年12月には、国内で唯一、オリーブ栽培圃場(ほ場)として「有機JAS」に認定。日々、オリーブの有機栽培に挑戦し続けている。

 

[関連WEBサイト]

小豆島の有機オリーブ畑 : http://www.organic-olive.jp/index.html

ブログ「小豆島でオリーブを育てよう!」 : http://man41.blog20.fc2.com/

山田オリーブ園 :https://www.facebook.com/pages/%E5%B1%B1%E7%94%B0%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%96%E5%9C%92/199985253442679