「木工職人」五郎さん(天達慶隆さん)

森に抱かれ生きる島人
移住10年に見たユートピア

「木工職人」五郎さん
の物語りの物語り

物語りを読む

「木工職人」五郎さん(天達慶隆さん)の物語り

我が城、森の中のアジト

~作業場は廃動物園~

ここは、30年ほど前まで営業していた動物園の跡地。

今は手入れする必要がないため草木は伸び放題、
まさに「うっそうとした森」になっている。

草むらには空っぽの檻が
朽ちかけたまま放置されていた。

うっそうと茂る木々に守られて、
ガレージのような小屋がある。

その周囲には、整然と積み上げられた薪。

耳をすますと、鶯の声や葉擦れの音に混じって、
カリッカリッと何かを削るような音が聞こえてくる。

オレンジ色の明かりが灯る小屋の中、
手元の作業に集中する男。

スポーツでもやっていたのだろうか、
がっしりした体躯に精悍な顔立ちがよく似合う。

どうやら彼は、この森を何かの作業場にしているようだ。

それにしても、なぜこんなところで―?

疑問に思ったそのとき、
男が手を止め、小屋から出て来るのが見えた。

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「木工職人」五郎さん(天達慶隆さん)の物語り

その生き方に憧れて

~もう一度、モノに命を吹き込む~

「五郎です」

意外にも穏やかな口調で彼は言った。

「五郎っていうのはね、“自称”なんです。
北の国からの主人公、五郎の生き方にとても憧れていて。
本名は、天達慶隆(あまたつよしたか)といいます」

つまりこの人は、TVドラマの中の憧れの存在、
それも劇中の役名を名乗っているのだ。

さらりと口にしたその名前はしかし、
すっかり板についているようにも思えた。

彼は主人公の「不器用ながらも、人のために
身を粉にして働く」姿が好きだという。

作者の描く、環境問題に訴えかける内容にも感銘を受けた。

物がどんどん捨てられる時代。
直せばまだ使えるものまでゴミになってしまうことに、
五郎さんは胸を痛めていた。

「もったいないですよね。家を壊したあとの廃材でも、
手を加えればまた違うかたちでよみがえるのに」

彼は、廃材建築家に教わりながら、
仲間と一緒に小屋やデッキをつくったりもする。

普通の人にとっては廃材でも、
五郎さんの手にかかれば姿を変えて、
また新たな命を宿しはじめる。

五郎さんは、自然と密接に関わって
生きたいと思っている。

「樹木って、フィトンチッドという癒し成分を
発生させるんです。こうして森の中にいるだけで、
瞑想でもしているかのような気分になれる」

言われて大きく息を吸い込むと、
確かに都会の空気とは、味も香りも違う気がした。

「ここはね、野生のシカもいるし、猿やイノシシ、
ヌートリアまで住んでいます。さすがに熊はいないですが」

と、少し楽しげな調子で話す五郎さん。
その物腰はとてもやわらかい。

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「木工職人」五郎さん(天達慶隆さん)の物語り

木と向き合い、対話する人

~我流で生み出す木工作品~

そういえば、さっき小屋から聞こえてきた音は―。

実は五郎さん、木こりを生業にしながら
木工職人としての顔も持つ。

作品づくりに使う木は、ビワ、栗、ヤマザクラ、
そしてオリーブと様々。

山に入り、木こり仕事のかたわら
フィーリングの合う木に出会えば持ち帰る。

木工の技術は誰にも教わったことはない。
一から我流で彫りはじめた。

「型も用意せず、木と向き合い対話しながら削っていく。
すると、木の中にあった本来の姿が顔をのぞかせる。
僕はそのお手伝いをしているんです」

木工作業中は、とにかくひたすら無心になれる。
硬い木を削るときのゴリゴリという感触が心地いい。

「曲線を彫るのが好き」
という五郎さんは基本、
箸のように真っすぐな作品はつくらない。

作業に没頭しすぎて、気がつけば
夜中になっていることもある。

「ちょうど今の時期は、小屋のまわりに
ホタルが飛んでいたり、フクロウが鳴いていたり、
本当に気持ちがいい―」

ホタルの儚い灯りを時折見ながら、
この小さな城で黙々と作品を
彫り続ける五郎さん。

その光景を想像して、
少しうらやましい気持ちになった。

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夢をあきらめない理由

~とにかく、わくわくすることを~

生まれは同じ瀬戸内海にある、
小豆島よりずっと小さな生口島(いくちじま)。

五郎さんが小豆島に来たのは9年前、36歳のとき。
あるボランティア活動がきっかけだった。

それまでもフリーターとして
いろんな土地を転々としてきた。

会社員として組織に属したことは一度もない。

「フリーの身でいたほうが、
フットワーク軽くいろんな場所で
自分のスキルを活かせるから」

そういう五郎さんは、
木こりや大工の手間仕事だけでなく、
造園仕事から解体屋、知人の家の修繕まで、
頼まれれば何でもやるし、どこへでも行く。

そんな五郎さんには夢がある。

「ゆくゆくはこの森の中に、木工教室や自然学校、
それからバーベキューなどができる
コミュニティの場をつくるのが夢。
ここを拠点にして、子供たちに自然の
素晴らしさを伝えたいんです」

自然を愛する五郎さんにとっての
まさに“理想郷”といったところだろうか。

今は静まり返っているけど、完成したあかつきには
きっとこの森は笑顔でいっぱいになるのだろう。

でも、五郎さんのこういう生き方を見て、
「いい歳して夢ばかり追って」と心配する人もなくはない。

「確かに……お金の面で逼迫することはあります」

では、なぜ今まで夢をあきらめずに
ここまでこれたのだろう。

「僕は、わくわくすること以外はやらないんですよ」

彼は迷いなく言う。

「自分にとって嫌なことだったら続かないけど、
わくわくできるイメージがあれば、
一日一歩ずつでも前に進んでいきますから」

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イメージを言葉にすること

~橋渡しに恵まれて~

五郎さんは、何か新しいことをはじめるとき、
必ずその道の人に会いに行き、門を叩く。

「机の前で『あれやりたい、これやりたい』って
考えるだけじゃ、何も形にならないから」

この間も、ジャンベというアフリカの楽器を
つくりたくなって、職人に会うためアフリカまで
行って来た。

「引き寄せの法則というものを
僕はこの小豆島で感じているんです」

廃動物園を貸してくれたオーナーとだって、
木こりの師匠とだって、
この島の人が引き合わせてくれた。

「とにかく夢を口に出すこと、
いろんな人に語り続けることで、
それを聞いた誰かが僕の求めている人と
僕をつないでくれるんです」

何にもしばられず、ただ奔放に、
ずっと一匹狼のようにして
暮らしてきたのだと思っていた。

しかし彼はちゃんと、
一方で島の人とのつながりを
大切に育んでいた。

小豆島に暮らすたくさんの仲間が、
彼を夢へと近づけてくれたから。

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「木工職人」五郎さん(天達慶隆さん)の物語り

この島で、ゼロからはじめよう

~島暮らしのススメ~

小豆島に来てから、気がつけば
10年が経とうとしている。

3.11以降、都会から島に移住する人が
増えたと五郎さんは言う。

また、瀬戸内国際芸術祭を機に、
さまざまなアーティストも島に来るようになった。

移住者と接することも度々あるという五郎さんは、
「都会から来た人は、農業などに対して
とても勉強熱心。一緒に何かやっていると、
逆に教えられることもあるんです」

小豆島は、はじめての島暮らしに
とても向いている、と五郎さんは言う。

大きなスーパーもあるし飲食店もある。
産業もそろっているので、ある程度は働き口もある。

「島に住むってどんな感じだろう、
島の人の感覚ってどんなだろう。
そんな感触を捉えるのに適した島だと思います」

ゼロからやっていこうという勢いのある人も増えた。
新たに島に来た人も、ここで島暮らしのノウハウを
持った人と接点が持てる。

五郎さんのような、自然と密接に生きる人の話も聞ける。

「自然や人とのつながり、小豆島の文化を大切にして、
祭りのような地域のコミュニティにも
積極的に参加してくれる仲間が移住してくれたら、
僕はうれしいですね」

はじめて会ったときは、
どこか浮世離れしているように見えた五郎さん。

本当は、人と人とのつながりを楽しみ、
しっかりとこの島に根ざして生きている、
そういう人だったのだ。

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「木工職人」五郎さん(天達慶隆さん)の物語り

  • Text : 立原麻里
  • Photograph : Nipponia Nippon
Profile五郎さん(天達慶隆さん)のプロフィール

広島県尾道市出身。36歳のとき、ボランティア活動をきっかけに小豆島にわたり、移住生活をスタートさせる。自然舎でシーカヤックによる海のガイドや自然塾などを担当し、現在は木こりや解体屋、大工仕事など、フリーターの立場で“何でも屋”を担っている。彼の手による木工作品は、土庄町「MeiPAM」のギャラリーショップおよび小豆島町「うみねこかしや」で手に入るほか、個人からのオーダーメイドも受け付けている。