Things オクムラユッコさんの物語り
ゆったりとした大きなソファ。
木製の棚には、カラフルなボックスやオブジェ。
カウンター・バーの上には、
色とりどりのボトルが並んでいる。
ここは、服飾雑貨ブランド「Things」のデザイナー、
オクムラユッコさんの自宅兼アトリエだ。
素麺用の倉庫をリノベーションしたなんて、
ちょっと信じられないほど、カッコいい。
ユッコさんは小豆島出身。
どういう経緯で、故郷にアトリエを持つことに
なったのだろう?
「戻って来るつもりは、全然なかったんですよ」
さらりとした言葉に、小豆島への想い入れは
さほど感じられない。
母親にも、
「あんたは、やりたいことをするには島では難しい
からって出ていったのに、なんで帰ってくるん?」
と言われたとか。
確かに、ブランドを立ち上げるには、都会の方が
圧倒的に有利なはず……?
Things オクムラユッコさんの物語り
ユッコさんは1972年生まれ。
幼い頃から、服飾の道に進むと決めていた。
小学校の文集に、
「夢は自分のブランドを立ち上げること」
と書いたほど。
高校卒業後は、当然のように島を出た。
進学先は、東京。就職も東京のアパレルメーカー。
夢に向かって猛進していたのだが……。
22歳の時、思わぬ展開で小豆島に戻ることになる。
きっかけは、遠距離恋愛中だった幼馴染との「入籍」。
小豆島で公務員になった彼とは、いつかは結婚する
つもりだった。
とりあえず入籍だけして、「しばらくは遠距離結婚で」
と思っていたのに、予想外に話が大きくなり――。
結局、小豆島に戻ることになってしまったのだ。
「田舎ですからねぇ」
そう思い通りにはいかなかった、とユッコさんは笑う。
Things オクムラユッコさんの物語り
夢から一歩遠のいたように感じたかもしれない。
それでも、ユッコさんは会社を辞めなかった。
小豆島から通える店舗への勤務を希望し、
「フェリー通勤」が始まった。
そして、着実にキャリア・アップしていく。
人気バッグブランドのサザビーが高松に初出店する
と聞き、早速応募。
思いがけず、店長として採用された。
しかも、企画の仕事にまで携わることができたのだ。
サザビーで革製品の魅力を知り、知識を得た
ユッコさんは、小豆島での起業を決意。
2002年、バッグを中心とした服飾雑貨ブランド
「Things」が誕生した。
けれど最初は、模索が続く。
卸売りまで展開したかったが、小豆島にいる限り難しい。
東京に来ればいいのにと言われたこともある。
それでも、「小豆島にいる」のは自分で決めたこと。
そこは変えずに、自分のペースで進む道を見出して
いった。
Things オクムラユッコさんの物語り
現在、ユッコさんはセミオーダーを中心とした
受注ベースの小売りを行っている。
彼女に小豆島での活動について、聞いてみた。
「正直に言うと、小豆島はデザイナーとして
活動する上でデメリットも多い。
素材の入手が大変とか、刺激が少ないとか。
でも、この広々とした環境でモノ作りができる
というメリットもありますよね」
ユッコさんの口調には、
決して平たんではない道を歩いてきた人特有の、
しなやかな強さが感じられる。
そんな芯のある美しさは、彼女の作品にも現れて
いるようだ。
バッグや財布などの革製品は、基本的に受注生産で、
半年に一回の展示会で注文を受けている。
商品が手元に届くまでには時間がかかるが、
それでも欲しくなるほど魅力的なものが多い。
素材となる革は、イタリアを中心としたヨーロッパ製の
ものにこだわっているそう。特に色がいいのだという。
そこにも、「自分はこれでいく」という心意気が
感じられる。
そのゆるぎない信念は、故郷に根をおろしている
ということにも関係しているのだろうか――。
Things オクムラユッコさんの物語り
自分は、自力で楽しく生きていこうという覚悟で、
小豆島にいる。
きっぱりとユッコさんは言う。
「ここにいると決めたからには、もし楽しくなかったら、
自分で楽しくなるようなことをしますよ」
と笑った。
その一環だろう。
2010年、ユッコさんは幼馴染と一緒に、『うららー新聞』
というフリーペーパーを立ち上げた。
「うららー」とは、小豆島の方言で
「私たち」という意味だ。
気負うことなく、好きなことを好きなように発信している。
編集会議と称して、飲み会。
取材と称して、お出かけ。
それが楽しい。
みんなで楽しみながら活動していると、
つながりが濃くなるというユッコさん。
「何があっても行きたい場所」や
「何があっても会いたい人達」が
増えてくるというのだ。
「これが本当の地域おこしじゃないですか」
そういうユッコさんの言葉には、やけに説得力がある。
地域おこしが注目されているけれど、
安易に 「小豆島はいい所」とは言えないというユッコさん。
ただ、できることもたくさんある。
Things オクムラユッコさんの物語り
ふいに、ユッコさんが「わりご」
というものを見せてくれた。
小豆島で、農村歌舞伎やお祭りの際に使われる
伝統的な木製のお弁当箱だ。
「小豆島には、箪笥とか揃いの食器とか、古いものが
色々残ってるんですよ。これも実家の納屋にあった
んです」
そういうものを地元の店のインテリアとして
「カッコよく」展開できたらと思っているそう。
東京のレストランなどでも、古い家具等を使った
おしゃれなインテリアをよく見かける。
ここ小豆島では、地域に受け継がれてきた「本物」の
古いものを活用することができるのだ。
東京にいくと「めっちゃ焦る」というユッコさん。
きっと感性を刺激されるのだろう。
一方、小豆島にいると「ま、これでいいか」と思ったり
するという。
ユッコさんは、故郷も、都会も、
必要以上に美化も卑下もしていない。
彼女の中にあるのは、
「ここで生きていく」という信念。
「ここで何をしようか」という好奇心。
オクムラユッコ、「Things」デザイナー。
彼女をとりまくものと同様、
中身も「カッコいい人」だった。
Things オクムラユッコさんの物語り
1972年、小豆島出身。高校生まで地元に暮らし、卒業後は東京の文化服装学院でファッションビジネスを学ぶ。その後、サンエー・インターナショナル、サザビー(現サザビーリーグ)を経て、2002年、革小物・革バッグのブランド「Things」を立ち上げる。現在は小豆島にてアトリエを運営。オーダーメイドを中心に、素材と丁寧な手仕事にこだわったアイテムを発信しながら、仲間と共に地元・小豆島の魅力を描いた「うららー新聞」の発行にも携わっている。
Things
他の物語りを読む